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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)65号 判決

控訴人(原告) 東巧精器株式会社

右訴訟代理人弁護士 秋根久太

被控訴人(被告) 株式会社国民相互銀行

右訴訟代理人弁護士 野口国雄

同 山田至

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

(一)被控訴人は、控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和四五年二月二四日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(二)控訴人のその余の請求を棄却する。

(三)訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

二、この判決は、前掲第一項の(一)に限り、仮にこれを執行することができる。

事実

一、控訴代理人は「原判決を取り消す。(当審において請求を減縮して、)被控訴人は、控訴人に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和四五年二月二四日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

原判決四丁最終から四行目の「金一、〇〇〇万円」の次に「のうち、金二〇〇万円」と加える。

証拠として、控訟代理人は当審における証人竹下弘の証言を援用した。

理由

一、次の各事実については、当事者間に争いがない。すなわち、(1)被控訴人は、原判決添付目録(一)ないし(七)記載の各約束手形(以下、単に「本件(一)ないし(七)の各手形」という。)の所持人であったが、昭和四四年一一月六日、本件(一)、(二)の各手形債権の執行保全のため、控訴人の本件(一)、(二)の各手形の支払銀行に対する預託金返還請求権、すなわち、控訴人が、同年一〇月三一日本件(一)、(二)の手形(金額は、いずれも金一〇〇万円)の不渡処分を免れるべく、支払銀行において社団法人東京銀行協会に提供する異議申立提供金の資金として、右支払銀行に預託した右各手形金相当額合計金二〇〇万円についての返還請求権に対して、控訴人には係るべき資産はなく、他に相当の借財があり、早晩倒産のおそれがある旨の主張並びに同旨の記載及び本件(一)、(二)の各手形の裏書人である訴外有限会社柴金商店には差し押えるべきものは何もない旨の記載のある被控訴会社係員作成の報告書による疎明をもって、仮差押命令の申請をし、同年一一月七日、東京地方裁判所においてその旨の仮差押決定(同裁判所同年(ヨ)第九、〇八四号)を得てその執行をしたこと、(2)被控訴人は、昭和四四年一一月一二日、控訴人に対し、本件(一)ないし(七)の各手形(金額合計金五六七万六、二〇〇円)について、手形訴訟(東京地方裁判所昭和四四年(手ワ)第三、九八一号)を提起したが、その訴状において、本件(三)ないし(七)の各手形は、本件(一)、(二)の各手形がすでに支払拒絶をされたので、支払停止の状態にあり、手形法第四三条第七七条第一項第四号により満期前における遡求権の行使をなし得る状態にある旨の主張をしたこと、(3)被控訴人は、更に、昭和四四年一二月九日、本件(三)、(四)の各手形債権の執行保全のため、控訴人の本件(三)、(四)の各手形((三)の金額は金一〇〇万円、(四)の金額は金七〇万円)の支払銀行に対する預託金返還請求権(控訴人が、同年一一月三〇日、前掲(1)と同様の資金として右支払銀行に預託した右各手形金相当額合計金一七〇万円についての返還請求権)に対して、前掲(1)と同様の主張並びに疎明をもって、仮差押の申請をし、同年一二月一二日、東京地方裁判所においてその旨の仮差押決定(同裁判所同年(ヨ)第一〇、一四二号)を得てその執行をしたこと、以上の各事実については、当事者間に争いがない。

二、控訴人・被控訴人間における本件各約束手形金債権に関する仮差押並びにその本案訴訟の経緯については、前掲一の当事者間に争いのない各事実と、いずれも、〈証拠〉を総合すれば、次の各事実が認められる。すなわち、(1)被控訴人は、昭和四四年一一月六日、本件(一)、(二)の各手形債権(金額合計金二〇〇万円)の執行保全のため、控訴人の前叙預託金返還請求権について仮差押命令の申請をし、同年一一月七日その旨の仮差押決定を得てその執行をしたこと、(2)被控訴人は、昭和四四年一一月一二日、控訴人に対して本件(一)ないし(七)の各手形(金額合計金五六七万六、二〇〇円)の手形金請求訴訟を提起したこと、(3)被控訴人は、昭和四四年一二月九日、本件(三)、(四)の各手形債権(金額合計金一七〇万円)の執行保全のため、前同様、控訴人の預託金返還請求権について仮差押命令の申請をし、同年一一月一二日その旨の仮差押決定を得てその執行をしたこと、(4)しかし、本件(五)の手形については昭和四四年一二月三一日、本件(六)、(七)の各手形については昭和四五年二月二八日、いずれも、控訴人において決済をしたこと、(5)そこで、控訴人は、昭和四五年三月二四日前叙各仮差押決定に対して異議の申立をしたこと、(6)そして、前叙手形金請求訴訟の昭和四五年三月三一日午後二時三〇分の口頭弁論期日において、被控訴人はすでに支払を受けた本件(五)ないし(七)の各手形について請求の減縮をし、同時に、控訴人・被控訴人間において、控訴人は、被控訴人に対し、本件(一)ないし(四)の各手形についてその手形金の支払義務のあることを認め、その元利金を昭和四五年四月五日限り支払う旨の裁判上の和解が成立したこと、(7)被控訴人は、昭和四五年五月八日右和解調書について執行文の付与を得たうえ、かねて仮差押をしていた前叙預託金返還請求権について債権差押及び転付命令の申請をし、同命令(東京地方裁判所昭和四五年(ル)第一、八七七号)の正本は同年五月一八日第三債務者である支払銀行に送達されたこと、(8)そこで、被控訴人は、昭和四五年六月三日、前叙各仮差押の申請の取下をしたこと、以上の各事実が認められる。

三、右の如き事実関係のもとにおいて、控訴人主張の不法行為が成立するか否かについて判断するに、

(一)〈証拠〉によれば次の各事実が認められる。すなわち、(1)被控訴人は前叙各仮差押の申請並びにその本案訴訟の提起をした当時、控訴人は資本金三〇〇万円、従業員一〇〇名余を擁し、富士銀行、中央信用金庫の各板橋支店をその主要取引銀行とする、カメラ部品等の年間売上高は約金五億一、二〇〇万円、純益約金一、九六〇万円の実績をあげていた会社であったこと、(2)控訴人において本件(一)ないし(四)の各手形について支払拒絶をし、前叙各預託金の提供をしたのは、右各手形を含む前叙七通の約束手形が、いずれも、訴外有限会社柴金商店の懇請に応じ、控訴人には迷惑をかけないとの約定に基づいて、同訴外会社に金融の便宜を与える目的で控訴人において振り出したものであるのに、同訴外会社が右約定に違反したことによるもので、控訴人の資金不足によるものではなく、現に、本件(五)の手形については控訴人において満期日に決済をしていること、(3)しかも、同訴外会社も、前叙仮差押申請当時には、まだ、在庫品等差し押えるべき物件を有していたから、被控訴人において手早く処置をすればその差押も不可能ではなかったこと、以上の各事実が認められる。

してみれば、控訴人は、当時、客観的にみて「支払停止の状態」になかったばかりか、債権者である被控訴人において執行保全をしておかなければ将来の執行が不能又は著しく困難になるおそれ、すなわち、本件各仮差押の必要性もなかったものというべきである(なお、成立に争いのない乙第三号証の一、二によれば、本件(一)ないし(七)の各手形の裏書人である前叙訴外会社は、昭和四四年一〇月四日銀行取引停止処分を受けていることが認められるが、振出人である控訴人の手形上の責任は右訴外会社とは別個独立のものであるから、このことは控訴人に対する本件各仮差押の必要性の有無の点に関する右認定判断の妨げとはならない。)。

(二)然らば、被控訴人は、仮差押の必要性がないのに、虚偽の主張並びに疎明をもって仮差押命令の申請をし、その旨の仮差押決定を得てその執行をしたものというべく、よって、この点について被控訴人に故意又は過失があったか否かを判断する。

前顕甲第一、二号証の各二(いずれも、報告書と題する書面)によれば、被控訴銀行審査部の係員末松降雄が控訴人の資産調査をしたところ、控訴人には特にみるべき財産は何もなく、他にも相当の借財があり、早晩倒産するおそれが多分にある、というのであるが、前認定の事実関係や控訴人の資産状態に徴すれば、被控訴銀行の同係員において真実右の如き資産調査をしたか否かの点についてすら甚だ疑わしいものといわざるを得ない。のみならず、仮に、さような資産調査を行なった事実があったとしても、その方法の安易軽率なものであったことは、これを推認するに難くなく、被控訴人が金融機関であることをあわせ考えると、必要性の疎明が保証金によって代用されることもあり得るとの点を考慮しても、なお、特段の事情のない本件にあっては、被控訴人が漫然と前叙仮差押命令の申請をした点に過失があったものと推認するのが相当である。

なお、被控訴人は、控訴人のした前叙預託は不当なものであって、かような預託自体、客観的には、支払義務者である控訴人の資力に不安をいだかせるものである、と主張する。なるほど、控訴人が支払銀行の社団法人東京銀行協会に対する異議申立提供資金を支払銀行に預託したことについては、被控訴人の主張するとおり、手形金の支払を拒絶し得る正当な理由がなく、ただ単に、本件各手形が訴外有限会社柴金商店に対する、いわゆる融通手形であるとの理由に尽きるのであって、かようなことは右柴金商店から本件各手形の裏書譲渡を受けた善意の被控訴人には本来対抗し得ない事由であるから、控訴人は、法律上の理由がないのに手形金の支払を拒絶し、しかも、銀行取引停止処分をも免れることとなるのであって、控訴人のした前叙預託は善意の第三者である被控訴人に対していわば預託金制度を濫用したものというべきである。しかし、また、かような預託がなされたからといって、被控訴人においてありもしないことを書きたてて必要もないのに預託金について仮差押命令の申請をすることが合法化されるわけのものでもない。けだし、いわゆる預託金なるものは、手形支払義務者において、支払銀行に異議申立の依頼をするにつき、支払拒絶が支払能力の欠如によるものではなくてその信用に関しないものであることを明らかにし、かつ、支払銀行が銀行協会(手形交換所)に提供する異議申立提供金の見返資金とすることを目的として、これを支払銀行に預託するものであり、右預託によって手形自体の信用が保障されるものではないにせよ、手形支払義務者の信用が一応疎明されるものであるから、本件の場合、被控訴人が控訴人の前叙預託行為自体をとらえて控訴人の資産状態の悪化ひいては仮差押の必要性を推断したのだとすれば、それはいささか軽率のそしりを免れ得ないからである。

してみれば、被控訴人のした本件各仮差押命令の申請並びに本件各仮差押決定の執行は不当なものというべく、被控訴人は控訴人に対して右の不当仮差押による損害賠償をなすべき義務があるものといわなければならない。

(三)そこで、右の不当仮差押による損害の発生の有無について判断するに、原審及び当審における証人竹下弘の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。すなわち、(1)被控訴人によって前叙預託金返還請求権の不当な仮差押をされたため、控訴人は取引銀行である株式会社富士銀行板橋支店等に不安感を与えてその信用を失い、現に、昭和四四年一二月頃、同銀行同支店に手形割引の依頼をしたのに断られたことがあるなど、一時非常に金融上の束縛打撃を受けたほか、その他の取引先に対する関係でも有形無形の迷惑を蒙ったこと、(2)のみならず、控訴人は従来その下請である岩崎製作所に対して一五〇日の約束手形による支払をしており、岩崎製作所はその取引銀行である被控訴銀行の支店で控訴人振出の右手形を毎月金一〇〇万円程度の割引を得ていたのであるが、本件仮差押後は約五か月の間、被控訴銀行本店審査部による指令のため、割引をして貰えなかったので、控訴人は右の期間岩崎製作所に対して現金で支払をせざるを得ず、それがための損害を蒙ったこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。前認定のとおり、一旦、不当な仮差押をされた以上、控訴人が金融機関等の取引先に対する信用を失墜して有形無形の損害を蒙ったであろうことは、特段の事情の認められない限り、容易に推認し得るところであって、本件の場合、右(1)、(2)の事実並びに弁論の全趣旨を総合して考察するときは、控訴人は被控訴人の前叙の如き不当仮差押により、すくなくとも金五〇万円程度の損害を蒙ったものと推認するのを相当とするから、被控訴人は、控訴人に対し、右の損害賠償として金五〇万円及びこれに対する本件不法行為の後であること明らかな昭和四五年二月二四日以降右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があるものといわなければならず、請求原因3の(イ)記載の不法行為の主張は、右の限度で採用すべきである。

(四)しかし、請求原因3の(ロ)記載の不法行為の主張については、当裁判所も原審と同じく、これを採用し得ないと判断するものであって、その理由は、原判決の理由説示(原判決一一丁表四行目ないし一〇行目)と同一であるから、ここにこれを引用する。

(五)従って、控訴人の本訴請求は、以上認定の限度で、これを正当として認容し、その余を失当として棄却すべきものである。

四、よって、右と判断を異にする原判決は不当で、控訴人の本件控訴は右認定の限度で理由があるから、右の限度で原判決を変更する。〈以下省略〉。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

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